鶉之奔奔ジュンシホンホン篇―詩経国風・鄘風

鶉之奔奔  鶉うずらの奔奔たる     ウズラは激しく相手に挑み
鵲之彊彊  鵲かささぎの彊彊キョウキョウたる カササギは荒々しく求め合う
人之無良  人の良きこと無き       良人は優しくしてくれない
我以爲兄  我は以て兄と為さん      私は兄と見なします

鵲之彊彊  鵲の彊彊たる       カササギは荒々しく求め合い
鶉之奔奔  鶉の奔奔たる          ウズラは激しく相手に挑む
人之無良  人の良きこと無き       良人は優しくしてくれない
我以爲君  我は以て君と為さん      私は殿様と見なします

〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ  1鶉(鵲)之[a]
   2鵲(鶉)之[a]
   3人之無良
   4我以爲[b]

 

    Ⅰ

    

    a

 彊彊  giang

 奔奔  puən

    b

 兄   hiuăng

 君   kiuən

 (パラディグム表)

a・bの二か所でパラディグム(同系列語)を変換し、二つのスタンザに反復させる形式。各スタンザの冒頭の二詩行(1・2)は入れ換えただけなのでリフレーンと考えてよい。
表の縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは動物の行動に関わる擬態語。彊は強と同じで、強引に、がむしゃらに相手に挑む様子を形容している。鳥の求愛の姿を想像したものと考えてよい。奔は勢いよく前に突き進む意味なので、
奔奔も同じく鳥の求愛を形容している。鳥の積極的な求愛を呈示したのは、これが人間の求愛と全く反対であることを訴えたいためである。それは3の「人の良きこと無し」という定型句で明らかにされる。良とは男が女に対して優しくしてくれる(つまり愛情をもつ)ということを意味する詩経の常套語である。無良は優しくしてくれない、冷たい仕打ちをすることを意味する常套語である。また良人は優しい(愛情を示してくれる)人を意味する常套語である(日本で良人を夫に特化した意味に取っているのはここに由来)。
bは兄から君への変換である。これは何を意味するか。兄は親族として近い関係であるが、性的関係としては遠い相手である。「兄と為す」というのは「夫ではなく兄と見なす」と突き放した表現である。同じように君は地位・身分の高い殿様であって、人間関係としては遠く、ましてや性的関係もありえない。「君と為す」というのは「殿様として遠ざける」という意思表示である。表現は烈しい拒否のように見えるが、逆に愛情の薄くなった夫を挑発していると解釈できる。


〈語釈〉
〇鶉・・・Coturnix coturnix。キジ科の鳥、ウズラ。小型で尾が短い。雄は闘争を好むという。
〇奔奔・・・勢いよく突っ走るさま。激しく争うさま。二羽の鳥がぶつかり合う姿を雄が雌をめぐって争う姿、あるいは、雄が雌を激しく求める姿に見立てた表現。

〇鵲・・・Pica pica sericea。スズメ科の鳥、カササギ。尾は長く、止まっているとき上下に揺れる。カササギの鳴き声は吉事の前兆とされる。
〇彊彊・・・むりやり行動するさま。無理に求めるさま。古注では奔奔と彊彊を「乗匹(交尾する)」、「常匹(決まったカップル)をなす」などと解釈するが、言葉の意味としては正確ではない。鳥の雌雄をめぐる激しい行動を性愛の譬喩とした表現である。
〇人之無良・・・「夫之無良」などと似た定型句。夫を一般化して人と言ったのは疎遠な感じを表している。
〇以爲・・・Aを以てBとみなすという意味。「(そうではないのに)~と思う」という意味にもなる。