愛の物語―詩経の新解釈

『詩経』には男女の愛や結婚に関する歌謡が多く収められている。二千年間の儒教的解釈の後、近代になって宗教学的・民俗学的解釈も生まれた。しかし内容に偏する余り、この解釈も行き詰まった感がある。本ブログでは表現形式、特に言葉そのものに主眼を置き、言語学的・詩学的解釈をめざす。この手法によって古代人の心理のひだに分け入り、愛の諸相を読み解く(訓読・翻訳はほぼ学研・中国の古典『詩経』に依拠)。

采葛―詩経国風・王風

彼采葛兮  彼かしこに葛を采らん  クズを摘みに行きましょう
一日不見  一日見ざれば     一日会わないと
如三月兮  三月の如し      三月がたったようだもの

彼采蕭兮  彼に蕭ショウを采らん  よもぎ摘みに行きましょう
一日不見  一日見ざれば     一日会わないと
如三秋兮  三秋の如し      三つの秋がたったようだもの

彼采艾兮  彼に艾よもぎを采らん  よもぎ摘みに行きましょう
一日不見  一日見ざれば     一日会わないと
如三歲兮  三歳の如し      三年がたったようだもの

〈形式分析〉
 Ⅰ~Ⅲ彼采[a]兮
     一日不見
     如三[b]兮

 

    Ⅰ

    Ⅱ

    Ⅲ

     a

  葛 kat

  蕭 sög

  艾 ngad

     b

  月    ngiuăt

  秋 ts'iog

  歲 hiuad

 (パラディグム表)

aとbの箇所でパラディグムを変換させ、三つのスタンザに展開させる。パラディグム(範列)は音あるいは意味の類似性をもつ同系列語群である。
a・bの縦の列は音声上の類似性がある(同じ、または似た韻を共通にもつ)。
aの横の列は植物名の同系列語群、bの横の列は時間語の同系列語群である。
各スタンザの第一詩行に植物摘みの定型句を置く。植物摘みモチーフは恋愛の場・状況の設定である。また最初のスタンザには葛をもってくる。葛は他の植物に絡みつく植物であり、二つの植物の合体は象徴的な意味をおびる。葛は代表的な連理モチーフ(結合シンボル)である。
aの箇所で三つの植物が次々に配置されて相手への誘いを増大させ、bの箇所では月→秋→歳と次第に大きくなる時間語を入れ換え、一日という短い時間がどんどん長く感じられる心理が表出される。
植物摘みが目的ではなくただ逢いたいという恋愛感情を歌う詩である。

〈語釈〉
〇葛・・・マメ科の蔓性植物、Pueraria lobata、クズ。蔓は十メートルほどに伸び、他の植物に絡みついてよじ登る。他の植物を枯らすほど強大になって絡みつくことから、渇(水分が尽きる、枯れる)と同源の語として命名された。
〇兮・・・リズムを調節する語。囃し詞のようなもの。
〇蕭・・・キク科の多年草、Artemisia capillaris、カワラヨモギ。陸璣(三国時代の博物家)によれば、このヨモギを燃やすと香気を発するので祭祀に用いられた。神への祈りの象徴となる。
〇三秋・・・三年、または三月。亀井昭陽によれば、月→季節→年と言い換えることにより時間の順序を示したという。次第に増していく時間と考えればよい。

〇艾・・・キク科ヨモギ属の多年草、Artemisia argyi、チョウセンヨモギ。もぐさの原料になる。古くから医療に用いられた。葛→蕭→艾は合体のシンボル→祈りのシンボル→治病のシンボルへと変換され、次第に募る恋心を暗示させる。

 

樛木キュウボク篇―詩経国風・周南

 南有樛木 南に樛木キュウボク有り   南の国の枝垂れ木に
 葛藟纍之 葛藟カツルイ之に纍かさなる    かづら草の這ふといふ
 樂只君子 楽しいかな君子    喜びあふるる殿方に
 福履綏之 福履之を綏やすんず    良き人の幸もたらさる

 南有樛木 南に樛木有り     南の国の枝垂れ木に
 葛藟荒之 葛藟之を荒おほふ     かづら草の覆ふといふ
 樂只君子 楽しいかな君子    喜びあふるる殿方に
 福履將之 福履之を将おほいにす    良き人の幸満たさるる

 南有樛木 南に樛木有り     南の国の枝垂れ木に
 葛藟縈之 葛藟之を縈めぐる    かづら草のめぐるといふ
 樂只君子 楽しいかな君子    喜びあふるる殿方に
 福履成之 福履之を成す       良き人の幸遂げらるる

〈形式分析〉
 Ⅰ~Ⅲ 南有樛木
    葛藟[a]之
    樂只君子
    福履[b]之 

 

    Ⅰ

    

    

    a

纍 liuər

荒 huang

縈 ・iueng

    b

綏 siuər

將 tsiang

成 dhieng

 (パラディグム表)
 

ローマ数字はスタンザ(章、節などと訳す)。スタンザは詩における一まとまりの単位である。a・b以外は一字一語も変えない部分であり、a・bだけが変化する部分である。a・bは押韻の箇所でもある(標記の音声記号は上古漢語の推定音)。四音節(四語、四字)を一詩行とし、四詩行を一スタンザとする。スタンザが三回反復される。
a・bは縦の軸では音のレベルの類似性(韻が共通)、横の軸では意味のレベルの類似性(いずれも動作を表す語)をもつ語である。これは言語学でいうパラディグム(paradigm、パラダイム。範列と訳す)、つまり音声上あるいは意味上関連のある語群である。パラディグムだけを変えて反復するのが詩経の詩の基本形式である。
パラディグムの変換とスタンザの反復が大きな特徴となっている。パラディグムの変換は漸層法の効果をもたらす。aの箇所でパラディグムが変換され、Ⅰ→Ⅱ→Ⅲへ反復して、植物に関わる状況が漸層法的に高まっていく。bの箇所ではⅠ→Ⅱ→Ⅲへと、人間に関わる幸福の状況が次第に最終の段階へ到達していく。
もう一つの重要な形式はパラレリズム(平行法、対偶法)である。一つのスタンザで、前半二詩行では自然界の現象、後半二詩行では人間界の事象が述べられ、二つがパラレリズムの手法により対比される。異なった世界の事象を対比することによって、二つの間にメタファーが発見される。このような手法を伝統用語では興(キョウ)という。興とは興趣、おもしろみである。異世界の二つの事物にメタファーを発見することが無上の興趣、喜びなのである。

〈語釈〉
〇樛木・・・幹がもつれるように曲がりくねり、枝が垂れている木。南方によく見られるのはアコウやガジュマルのような木を想像すればよい。
〇葛藟・・・葛はクズ。藟は蔓性植物の総称。クズは他の木に絡みつく植物で、詩経では松などに絡みつく葛が愛の象徴として使われている。異なった二つの植物の合体は連理、連理木、木連理などと称され、広い意味での和合・調和の象徴として文学だけでなく歴史書にしばしば登場する。樛木と葛藟が絡みついた事象はこのような連理の観念の初期のものと考えられる。男女の愛の象徴であった。
〇纍・・・累・壘・藟・雷などと同源の語で「重なる」というコアイメージをもつ。Aの上にBが重なって加わる意味。
〇樂只・・・只はリズムを調節する語。詠嘆の語調がある。
〇福履・・・毛伝(漢代に現れた最初の注釈。古注の一つ)に「履は禄(さいわい)なり」とある。
〇綏・・・妥は「上から下に落ち着かせる」というイメージがあり、綏は上から下に垂れ下がる紐、また上から下に落ち着かせて安らかにするという意味。
〇荒・・・亡は「遮って見えない」というイメージ、これに川(水の流れ)を添えた字は水に覆われて何も見えないこと。これに艸を添えた荒は地面が見えないほど草に覆われる意味。説文に「草、地を掩ふなり」とある。
〇將・・・壮・荘などと同源で「細長い」というイメージから「盛んである」「大きい」のイメージに転化。
〇縈・・・熒・榮・營・螢などと同源で「周囲を丸く取り巻く」というコアイメージがある。木の全体を丸く取り巻いて咲く花を榮、同じように枝葉が木の全体を取り巻くことを縈といっている。二つ合わさった植物の状態が纍(かさなる)→荒(覆う)→縈(全体を取り巻く)へと漸層法的にクライマックスへ到達する。
〇成・・・城壁を造ることから発想された語で、最後に仕上がることを成という。女性の与える幸福が綏(落ち着かせる)→將(大きくする)→成(完成する)へと漸層法的に最終段階に到達する。 

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