愛の物語―詩経の新解釈

『詩経』には男女の愛や結婚に関する歌謡が多く収められている。二千年間の儒教的解釈の後、近代になって宗教学的・民俗学的解釈も生まれた。しかし内容に偏する余り、この解釈も行き詰まった感がある。本ブログでは表現形式、特に言葉そのものに主眼を置き、言語学的・詩学的解釈をめざす。この手法によって古代人の心理のひだに分け入り、愛の諸相を読み解く(訓読・翻訳はほぼ学研・中国の古典『詩経』に依拠)。

東門之楊篇―詩経国風・陳風

東門之楊  東門の楊        東の門のやなぎの木
其葉牂牂  其の葉牂牂ソウソウたり    葉は美しく生い茂る
昏以爲期  昏を以て期と為す   日暮れに会うと契ったに
明星煌煌  明星ミョウジョウ煌煌たり  いま明星は光り出す

東門之楊  東門の楊        東の門のやなぎの木
其葉肺肺  其の葉肺肺ハイハイたり   葉はこんもりと生い茂る
昏以爲期  昏を以て期と為す   日暮れに会うと契ったに
明星晢晢  明星晢晢セイセイたり     いま明星はくっきり光る

〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ 1東門之楊
     2其葉[  a ]
     3昏以爲期
     4明星[  b ]  

 

    Ⅰ

    

    a

  牂牂  tsang

  肺肺  p'iuăd

    b

  煌煌  ɦuang

  晢晢  tiad

 (パラディグム表)

偶数詩行のaとbの二箇所だけパラディグムを変換し、二つのスタンザを反復する形式。奇数詩行は一字も換えないリフレーンである。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性によるパラディグム。横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性によるパラディグム。これら四つの語は同じ音節の繰り返しによる擬態語である。
非常に単純な詩形であり、変換される語も単純であるが、これらの語の排列に工夫が凝らされている。 
aの列は樹木の形を形容しているが、牂牂は茂った葉が美しいありさまである。肺肺は葉がこんもりと覆った様子を形容している。こんもりと茂った木の下は暗くなる。樹木が美しく見える状況から、樹木に陰翳が生じてくることへの変換は時間の経過を暗示している。
bの列は明星の光の形容である。煌煌は光が発散する様子である。晢晢は物のけじめがわかるようにすっきりと明るくなるありさまである。この語の変換にも時間の経過がはっきりと暗示されている。
木と星の情景を描くことによって、時間の経過を暗示させる表現手法は映画や絵画を思わせる。恋人を待つ人の心理、恋人が現れるのをひたすら待ちわびる気持ちが読者に伝わってくる。

〈語釈〉
〇東門・・・東側の城門。ここは祭りなどの催される晴れの場所である。 詩経では歌垣的な遊び空間でもあった。
〇楊・・・ヤナギの一種であるが、Salix(ヤナギ属)に対してPopulus(ヤマナラシ属)の総称である。特にSalix albaを指す。今の白楊。和名はギンドロ、別名ウラジロハコヤナギ。
〇牂牂・・・葉が美しく生い茂るさま。
〇昏・・・黄昏。たそがれ。
〇期・・・時と場所を決めること、つまりデートの約束。
〇明星・・・金星。ここでは宵の明星。
〇肺肺・・・肺は芾ハイ(草木がこんもりと茂るさま)と近い。沛ハイ(水が勢いよく広がるさま)とも同源で、勢いよくこんもりと盛り上がった状態を肺肺と形容している。
〇晢晢・・・折・誓・哲には「二つにきっぱりと分ける」というコアイメージがある。あいまいさがなくきっぱりと見分けられるほど明るくなる状態を晢晢という。

東門之池篇―詩経国風・陳風

東門之池  東門の池          東の門の池なら
可以漚麻  麻を漚ひたすべし     けっこうアサを浸せる
彼美淑姬  彼の美なる淑姫   あのしとやかな娘なら
可與晤歌  与ともに晤歌ゴカすべし    一緒に歌を歌える

東門之池  東門の池          東の門の池なら
可以漚紵  紵チョを漚ひたすべし    けっこうマオを浸せる
彼美淑姬  彼の美なる淑姫     あのしとやかな娘なら
可與晤語  与ともに晤語ゴゴすべし   一緒に話しかけられる

東門之池  東門の池          東の門の池なら
可以漚菅  菅カンを漚ひたすべし    けっこうカヤを浸せる
彼美淑姬  彼の美なる淑姫     あのしとやかな娘なら
可與晤言  与ともに晤言ゴゲンすべし 一緒におしゃべりできる

〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1東門之池
    2可以漚[a]
    3彼美淑姬
    4可與晤[b]

    

    Ⅱ

    

    a

  麻   măr

  紵   diag

  菅   kăn

    b

  歌   kar

  語   ngiag

  言   ngiăn

(パラディグム表)

偶数詩行の二か所でパラディグムを変換し、三つのスタンザを反復する形式。奇数詩行は一字も換えない反復(リフレーン)である。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。全く性質の異なる(意味領域の異なる)二つの物事を音の類似だけで結びつける。
横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは植物の名。bは口から音を出す行為。意味上の類似性をもつパラディグムの展開は、場面を切り換え、同じような場面でありながらその内容が少しずつ変化し、漸層法的な効果を生み出す。
前半の二詩行(1・2)と後半の二詩行(3・4)は一見無関係に見える。植物を漬けるという行為(労働)と、ある女性を思うこととは何の関係があるのか。詩経では自然界の現象と人間界の事象を平行させてその間に何らかの意味を見出すという表現上の手法がある。これを伝統的用語では「興」という。興趣、おもしろみの発見が詩の動機になることが多い。もっとも本詩では植物を漬ける作業は人間的な領域であって自然界に属さない。しかし植物の名を使うということに意味がある。これは自然と人間の接点、中間領域(自然と人間の双方に関わる領域)である。
麻と紵は衣類を作る原料となる植物であり、菅は草履を作る原料となる植物である。いずれも人間が身につけるものである。これらの植物を池の水に漬ける行為は衣類や履物を作ることを予想させる。できあがった衣類を身につけることは異性への思い、異性との合体の願望につながるのである。このように1・2は3・4に対して象徴的意味をもつ表現である。
3・4では高貴の美しいと一緒に歌を歌いたいという願望から、思い切って言葉をかけて、喋々喃々とまではいかないが、おしゃべりをしたいという願望を述べる。憧れの女性に対して一方的にひそやかな思慕をすることがテーマの詩である。

〈語釈〉 
〇東門・・・都城の東の門。東門は祭りの行われた場所で、恋遊びの場、歌垣的な場を暗示する常套語として用いられた。
〇可以・・・「以て~すべし」とはその条件があるならできるというニュアンスをもつ可能表現。
〇漚・・・「ひたす」と読む。柔らかくするため長く水中につける意味。
〇麻・・・Cannabis sativa。アサ科の一年草。アサ。大麻。中央アジアの原産で、詩経の時代には食料のほか衣料に利用された。
〇彼美淑姬・・・「彼美孟姜」と似た定型句。姫は高貴の娘。
〇晤歌・・・晤は面と向き合う。
〇紵・・・Boehmeria nivea。イラクサ科の多年草。チョマ。ナンバンカラムシ。皮の繊維で織物や魚網などを作る。
〇菅・・・Themeda villosa。イネ科メガルカヤ属の多年草、メガルカヤの一種。茎は太く叢生し、高さが三メートルほどになる。茎をひたして縄や草履を作る。「すげ」は国訓。

有杕之杜ユウテイシト篇―詩経国風・唐風

有杕之杜  杕テイたる杜有り       枝振りのよいやまなしは
生于道左  道の左に 生ず       道のかたわらに茂ってる
彼君子兮  彼の君子よ       恋しい恋しい背の君よ
噬肯適我  噬ここに肯へて我に適け   ねえお願い私のもとへ
中心好之  中心之これを好めり       心底好きでたまらない
曷飲食之  曷なにもて之に飲食せしめん  何のごちそうしてあげよう

有杕之杜  杕テイたる杜有り       枝振りのよいやまなしは
生于道周  道の周くまに 生ず      道のすみに茂ってる
彼君子兮  彼の君子よ       恋しい恋しい背の君よ
噬肯來遊  噬ここに肯へて来り遊べ      ねえお願い遊びにおいで
中心好之  中心之これを好めり       心底好きでたまらない
曷飲食之  曷なにもて之に飲食せしめん  何のごちそうしてあげよう

〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ   1有杕之杜
    2生于道[a]
    3彼君子兮
    4噬肯[  b  ]
    5中心好之
    6曷飲食之

 

    Ⅰ

    

    a

 左   tsar

 周   tiog

    b

 適  ngar

 來  d(y)iog

 (パラディグム表)


a・bの二か所でパラディグム(同系列語)を変換して二回反復する形式。5・6は一字も変えないリフレーン部である。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。Ⅰは~ar、Ⅱは~iogという語尾を共通にもつ。
横の洌(a・b)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは空間的位置関係を示す語。植物が生えている場所の指定である。bは人間の行動を表す語。場所を移すという動作(自分のもとに訪れる行為)を表している。b―Ⅰではまっすぐやって来ること、b―Ⅱでは何のためにやって来るかを限定する。
冒頭に植物モチーフを掲げる。これは恋愛の雰囲気や場を設定する働きがある。杜という木が鬱蒼と茂ることは、その下で憩うことを暗示させる。覆いかぶさる植物は女性をかばって守り、大事にする男性の愛の象徴でもある。この木が道の人目につかない場所に存在する。これは男女のデートにうってつけの場所である。女性はここで男性を待っているのである。
3・4は誘いの文句。「こっちへまっすぐいらっしゃい」から「遊びにいらっしゃい」に換える。遊という語は「楽しみを求めて定位置を離れてよそに移動する」ことである。本詩の文脈では恋の遊びであることは言うまでもない。
リフレーン部では「中心之を好めり」という赤裸々な告白の後に、飲食モチーフで締めくくる。「食べる」「飲む」という行為は性的な行為の譬喩になることが多い。詩経には食事モチーフが男女の愛(性愛)を表現する常套的表現である。

〈語釈〉
〇有杕之杜・・・之はA之B(AであるところのB)と二語をつなぐ働きがある。
〇杕・・・枝葉を大きく伸ばして生い茂る様子。
〇杜・・・果樹の名。Pyrus betulaefolia。バラ科ナシ属の落葉高木。マンシュウマメナシ。カホクマメナシ。
〇道左・・・道の片寄った所。
〇君子・・・女性が恋人を呼ぶ称。「背の君」と訳す。
〇兮・・・リズムを調節する詞。
〇噬・・・逝と同じで、リズムを調節する詞。 
〇肯・・・「あえて」と読むが「敢えて」とは違う。うんとうなずいて、心の中で承知しての意味。
〇適・・・ある方向へまっすぐ向かう。まっすぐ行く。
〇好・・・詩経では「愛する」の意味で使われる常套語。
〇曷飲食之・・・曷は「なに」の意味。何で(何を)彼にごちそうしようか。
〇道周・・・周はぐるぐる回って入った所(くま)。左よりも片寄って人目につかない所である。
〇來遊・・・來は情を通じる意図をもって来るといったニュアンスのある詩経の常套語。 

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