愛の物語―詩経の新解釈

『詩経』には男女の愛や結婚に関する歌謡が多く収められている。二千年間の儒教的解釈の後、近代になって宗教学的・民俗学的解釈も生まれた。しかし内容に偏する余り、この解釈も行き詰まった感がある。本ブログでは表現形式、特に言葉そのものに主眼を置き、言語学的・詩学的解釈をめざす。この手法によって古代人の心理のひだに分け入り、愛の諸相を読み解く(訓読・翻訳はほぼ学研・中国の古典『詩経』に依拠)。

子衿シキン篇―詩経国風・鄭風

青青子衿  青青たる子の衿       すがすがしいあなたのえりよ
悠悠我心  悠悠たる我が心      いつまで続く私の思い
縱我不往  縦たとひ我往かずとも     私があなたの元へ行かなくたって
子寧不嗣音    子寧なんぞ音インを嗣がざる   嬉しい言葉なぜかけて下さらぬ

青青子佩  青青たる子の佩ハイ     すがすがしいあなたの帯玉よ
悠悠我思  悠悠たる我が思ひ        いつまで続く私の思い
縱我不往  縦たとひ我往かずとも     私があなたの元へ行かなくたって
子寧不來  子寧なんぞ来らざる     嬉しい訪れなぜして下さらぬ

挑兮達兮  挑トウたり達タツたり      人を捜してうろうろと
在城闕兮  城闕ジョウケツに在り      都の物見の門の下
一日不見  一日見ざれば         たった一日会わないと
如三月兮  三月の如し        三月がたったようだもの

〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ   1青青子[a]     Ⅲ 1挑兮達兮
    2悠悠我[b]       2在城闕兮      
    3縱我不往       3一日不見
    4子寧不[c]       4如三月兮

 

     Ⅰ

     Ⅱ

      a

  衿     kiəm

  佩    buəg

      b

  心     siəm

  思    siəg

      c

  嗣音    ・iəm

  來                mləg

 (パラディグム表)

ⅠとⅡはパラディグム変換を伴う反復形式だが、Ⅲでは反復を中止する。Ⅲはいわば転調部である。転調部では引用という手法を用い、効果的に「一日千秋の思い」というテーマを打ち出している。
まずパラディグム(同系列語)の性質を見る。縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性がある。Ⅰでは~
iəmという語尾が共通。Ⅱでは~əgという語尾が共通。語頭だけはわずかに違うが、大半が似た音声である。異なった三つの意味領域を音の類似という関係で結びつける。これらの語の発見にも詩を作る者の喜びがあり、それを聞く者の耳にも快い響きを共鳴させる。これは時代を超えた作詩のテクニックであろう。
横の列(a・b・c)ではaは服飾に関係のある語。衿は衣の上部にあり、佩は衣と裳の間にある。bは精神・心理に関係のある語。心は心臓であり、精神の中枢、思いを奏でる所。思は心の具体的な働きである。cは人を行動に移すもの。音は言葉であり、嗣音は言葉をかけること。來は具体的に行動を起こすこと。言葉と行動を相手に要求する。
作者(女性)は恋人(男性)に思い焦がれて、まず服装を思い浮かべる。衣服モチーフは合体の願望を表現する。衿→佩の変換によって上から下に次第に視点を移動させ、全身を浮かび上がらせる。青色は若さ、精純をイメージさせる。1の詩行によって相手の人物像が浮かび上がる。
2の詩行では定型句を用い、相手に対する思いが続いて絶えないことを述べる。
3・4は相手が音信を寄越さない、会いに来ないことへのいらだちを述べる。
この感情が次の転調のスタンザで爆発する。女性の身をもって会いに行こうと行動を起こすのである。都城の闕(物見やぐらのある門)という人出の多い目につきやすい場所に敢えて出向き、相手を捜す。約束の有無にかかわらずひたすら大胆な行動をとるほど切羽詰まっている。最終詩行の3・4は王風・采葛篇からの引用である。「たった一日会わないことが、三日、いや三年に思われる」という詩句を引用することによって、しばしの別れに堪えがたい求愛というテーマが浮き彫りにされる。

〈語釈〉
〇青青・・・青々としたさま。青は「汚れがなく澄み切っている」というコアイメージをもつことば。
〇衿・・・衣服の、胸元を閉じ合わせる部分。
〇悠悠・・・空間的、時間的、心理的に長々と続くさま。心理的には物思いがいつまでも絶えない様子。Ⅱ―2の「悠悠我思」は詩経で常用される定型句で、「悠悠我心」はその異型。
〇縱・・・「たとえ~でも」の意味の接続詞。
〇往・・・忍んで行くといったニュアンスのある詩経の常套語。
〇子・・・相手を親しく呼ぶ称。「あなた」と訳す。
〇寧不・・・「なんぞ~ざる」と読み、反問を導く語。「どうして~しないのか」の意味。
〇嗣音・・・嗣は「つぐ」の意味。音をつぐとは、言葉やたよりを絶やさないこと。音は詩経では徳音のように、愛情のある優しい言葉、男性が女性に愛を示す言葉を意味する常套語である。
〇佩・・・男性が帯につける帯玉。帯玉の一つを女性に贈ることは男性の女性に対する意思表示である。本詩で衿の次に佩に視点を移すのは男性の言葉(愛情を示す言葉)への期待、願望である。
〇來・・・男性が女性の元へ愛情の行為を目当てとして来るといったニュアンスをもつ詩経の常套語。
〇挑兮達兮・・・挑達という語に兮(リズムを調節する間拍子)を割り込ませた句。挑達は双声語で、すり抜けるように行き来するさま、うろうろとあっちこっちに捜し回る様子。
〇城闕・・・物見台のある城門。
〇一日不見 如三月兮・・・王風・采葛篇にある詩句。それをそっくり引用することによって、テーマも移動させる。一種の本歌取りである。
 

干旄カンボウ篇―詩経国風・鄘風

孑孑干旄   孑孑ケツケツたる干旄カンボウ    ぽつんと立つ旗竿の先のヤクの尾が
在浚之郊   浚シュンの郊に在り      浚の郊外に現れた
素絲紕之   素糸もて之を紕める   房飾りを白糸で編んで鮮やかに
良馬四之   良馬は四つ       すばらしい馬を四頭つれて
彼姝者子   彼の姝シュなる子よ    「私の好きな美しい人よ
何以畀之   何を以て之に畀あたへん  あなたに何をプレゼントしよう」

孑孑干旟   孑孑ケツケツたる干旟カンヨ      ぽつんと立つ旗竿の幟の鳥の絵が
在浚之都   浚シュンの都に在り      浚の城下に現れた
素絲組之   素糸もて之を組める    房飾りを白糸で組んで鮮やかに
良馬五之   良馬は五つ        すばらしい馬を五頭つれて
彼姝者子   彼の姝なる子よ     「私の好きな美しい人よ
何以予之   何を以て之に予あたへん  あなたに何をプレゼントしよう」

孑孑干旌   孑孑ケツケツたる干旌カンセイ    ぽつんと立つ旗竿の旗と旗あしが
在浚之城   浚シュンの城に在り      浚の城内に現れた
素絲祝之   素糸もて之を祝けたる  白糸をつけた房飾りも鮮やかに
良馬六之   良馬は六つ       すばらしい馬が六頭やってきた
彼姝者子   彼の姝なる子よ     「私の好きな美しい人よ
何以吿之   何を以て之に告げん    あなたにどんな言葉を告げよう」

〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1孑孑干[a]
    2在浚之[b]
    3素絲[c]之
    4良馬[d]之
    5彼姝者子
    6何以[e]之

 

   Ⅰ

   Ⅱ

   Ⅲ

    a

旄   mog

旟   g(y)iag 

旌   tsieng

          b

郊   kɔg 

都   tag 

城   dhieng

          c

紕   bieg

組   tsag

祝   tiok 

          d

四   sied 

五   ngag 

六   liok

          e

畀   bied

予   d(y)iag 

吿   kok 

(パラディグム表)

a~eの五か所でパラディグム(同系列語)を変換し、三回反復する形式。5だけが一字も換えないリフレーン。
縦列は基本詩形では音声上の類似性の語が入るが、本詩では変則部分がある。Ⅱでは~agという語尾が共通であるが、Ⅰ・Ⅲでは途中で語尾が変わっている。Ⅰは~ogから~iegに変わり、Ⅲでは~iengからiokに変わっている。これにどんな意図があるかは不明。後世の用語では換韻である。しかし詩経では韻というのは単なる語呂合わせではなく、音声的きずなによって異なった意味領域を結びつける働きがある。
横列(a~e)は意味上のパラディグムである。aは旗の種類を表す語。車に立てる旗でもって、その車に乗っている人を連想させる。旄は旗竿の頭にヤクの尾を飾った旗。旟はハヤブサなどの鳥の羽を飾った旗。Ⅰ・Ⅱでは旗の部分から出現することを表現する。Ⅲの旌は色鮮やかな鳥を描いた旗で、使者が掲げる旗であり、また旗の総称でもある。旄→旟→旌の変換は、旗の竿の頭から段々と旗全体が出現する情景を描く。
bでは郊(郊外)→都(城郭)→城(城壁、城内)と語を変換させ、浚という町に接近してくる情景を描く。aは部分から全体へ、bは遠くから近くへと進む、遠近法的な手法である。
またdは数詞であるが、これは馬の数である。最初は四頭、次に五頭、最後に六頭と、次第に数が増えてくる。車をひく馬は一頭ないし二頭であろうが、これ以外に六頭もの馬が出現する。賑やかな人数を引き連れて浚の町に乗り込んできたことが分かる。aの旗の種類によって主人公(男性)は政府の役人か軍隊の将軍を思わせる。多くの従者を伴う主人公の得意満面な様子がうかがえる。
eのⅠとⅡはパラディグムは物を与える(プレゼントをする)ことを関わる言葉であるが、Ⅲで告という語に変わっている。これは物のプレゼントの代わりに言葉のプレゼント、つまり愛の告白、結婚の申し込みであることが明される。

〈語釈〉
〇孑孑・・・一つだけぽつんと立っている様子。
〇干旄・・・干は竿と同じで、旗竿。旄はヤクの毛を飾った旗。旄牛(牦牛)はウシ科の獣の名で、ヤクのこと。中国西南部やチベットの高山地帯に棲息。長い毛に覆われる。
〇浚・・・衛国(今の河南省にあった国)の地名。
〇素絲紕之・・・馬の手綱や鞍につける飾り物が白い糸で編んであることをいう。素は白色で、遠くからでも目立つ色だえる。
〇良馬四之・・・四之は「之を四とす」と読んでもよい。あるいは3・4・6の之はリズムを調節する詞と見て訓読しなくてもよい。
〇彼姝者子・・・あの美しい人よ。呼び掛けの句。姝は女性の顔の美しさを形容する語。者はA者B(AなるB)というように二語をつなぐことば。「A之B」の之と同じ働きをする。ただし訓読では読まない。
〇何以畀之・・・畀は「あたえる」の意味。何をプレゼントしようか。贈り物モチーフは意思表示の手段の一つ。
〇旟・・・ハヤブサなどの鳥の絵を布に描いた旗。
〇都・・・城郭の外側の町。郊と城の間の空間。
〇旌・・・使者がたずさえる旗。また、旗の総称。
〇城・・・城壁。また城壁で囲まれた所。
〇祝・・・属と同じで、「つける」の意味。
 

風雨篇―詩経国風・鄭風

風雨淒淒  風雨淒淒セイセイたり       さっと起こる雨と風
雞鳴喈喈  雞鳴喈喈カイカイたり       そろい鳴く一番どり
既見君子  既に君子を見る        背の君にお会いして
云胡不夷  云胡いかんぞ夷たいらがざらん   胸のしこりも取れました

風雨瀟瀟  風雨瀟瀟ショウショウたり      さっと起こる雨と風
雞鳴膠膠  雞鳴膠膠コウコウたり         乱れ鳴く二番どり
既見君子  既に君子を見る           背の君にお会いして
云胡不瘳  云胡いかんぞ瘳えざらん       恋の病も落ちました

風雨如晦  風雨晦くらきが如し       雨と風は暗かれとばかり
雞鳴不已  雞鳴已まず         とりの声はひっきりなし
既見君子  既に君子を見る       背の君にお会いして
云胡不喜  云胡いかんぞ喜ばざらん     恋の喜びいかばかり

〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1風雨[  a  ]
    2雞鳴[  b  ]
    3既見君子
    4云胡不[c]

 

    Ⅰ

    

    

    a

 淒淒   ts'er

 瀟瀟   sög

  如晦  m(h)uəg

    b

 喈喈   kĕr

 膠膠   klɔg

  不已  d(y)iəg

    c

 夷    d(y)ier

 瘳    t'iog

  喜   hiəg

 (パラディグム表)

a・b・cの箇所でパラディグム(同系列語)を変換し、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの三つのスタンザへ反復し、展開させる形式。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)はそれぞれ音声上の類似性に基づくパラディグム。
横の列(a・b・c)は意味上の類似性に基づくパラディグム。aは風雨の状態を表す語。bは鶏の鳴き声を表す語。これらはすべて自然界における事物の状況を述べている。a・bともⅠ・Ⅱは畳語(音節を重ねた語)であるが、Ⅲは不規則になっている。反復を別の語形に外すのは意味がある。
cは人間の心理を表す語群。夷は「たいらぐ」の意味で、まだ会えない時の苦しい思いが平静になること、瘳は「いえる」の意味で、恋煩いが治ること、喜は文字通り「よろこぶ」こと、恋愛の成就の喜びである。夷→瘳→喜の変換は精神の状況が漸層法(クライマックス)的に変わっていき、喜びというクライマックスに到達することを表現している。
3の「既見君子」は「未見君子」と対になる定型句である。まだ会えない時の心情とすでに会った時の心情を対比させて、喜びの感情を高める形式である。本詩では「未見君子」は省略され、会えない時の心情は「不夷」「不瘳」「不喜」の語によって推測させる。それが「云胡」という反問文によって、会えた後の心情をクライマックスにまで進めるのに効果的である。
1・2と3・4は自然/人間のパラレリズム(平行法)となっており、自然界では人間を妨害しようと鶏が夜明けを告げるが、人間界ではそれを物ともせず、それをはねのけて、あるいは無視して、恋人たちは恋の桃源郷にまどろむである。

〈語釈〉
〇風雨・・・気象モチーフの一つ。風雨や嵐は烈しい心情の象徴である。
〇淒淒・・・風と雨がそろって一斉に吹きつける様子。
〇雞鳴・・・雞は鶏の異体字。雞鳴はニワトリの鳴き声。雞鳴(夜明けを告げるニワトリ)は妨害者モチーフとして使われる。
〇喈喈・・・皆は階・諧などと同源で「そろう」というコアイメージがある。喈喈は多くの鳥が声をそろえて鳴く様子。
〇既見君子・・・恋人にすでに会ったときの心情を述べるための定型句。「未見君子」と対になることが多い。
〇云胡・・・「いかん」と読み、「どうして」の意味。反問文(否定の否定)を導く。
〇夷・・・平らぐ、平らかになる。心のわだかまりが取れて穏やかになる。心の波が静かに落ち着く。
〇瀟瀟・・・ひゅうひゅうと荒らしく吹き抜ける様子。
〇膠膠・・・もつれたように入り乱れて鳴き交わす様子。
〇瘳・・・「いえる」と読む。病根が取れて治るように、恋の病が抜け落ちる。
〇如晦・・・晦は陰暦の月末のことで、月の出ない真っ暗闇。ニワトリは夜明けを告げているのに恋人たちにとってはまだ暗い世界に浸りたいから、「晦きが如し」という。

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