青青子衿 青青たる子シの衿 すがすがしいあなたのえりよ
悠悠我心 悠悠たる我が心 いつまで続く私の思い
縱我不往 縦たとひ我往かずとも 私があなたの元へ行かなくたって
子寧不嗣音 子寧なんぞ音インを嗣つがざる 嬉しい言葉なぜかけて下さらぬ
青青子佩 青青たる子シの佩ハイ すがすがしいあなたの帯玉よ
悠悠我思 悠悠たる我が思ひ いつまで続く私の思い
縱我不往 縦たとひ我往かずとも 私があなたの元へ行かなくたって
子寧不來 子寧なんぞ来らざる 嬉しい訪れなぜして下さらぬ
挑兮達兮 挑トウたり達タツたり 人を捜してうろうろと
在城闕兮 城闕ジョウケツに在り 都の物見の門の下
一日不見 一日見ざれば たった一日会わないと
如三月兮 三月の如し 三月がたったようだもの
〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ 1青青子[a] Ⅲ 1挑兮達兮
2悠悠我[b] 2在城闕兮
3縱我不往 3一日不見
4子寧不[c] 4如三月兮
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Ⅰ |
Ⅱ |
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a |
衿 kiəm |
佩 buəg |
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b |
心 siəm |
思 siəg |
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c |
嗣音 ・iəm |
來 mləg |
(パラディグム表)
ⅠとⅡはパラディグム変換を伴う反復形式だが、Ⅲでは反復を中止する。Ⅲはいわば転調部である。転調部では引用という手法を用い、効果的に「一日千秋の思い」というテーマを打ち出している。
まずパラディグム(同系列語)の性質を見る。縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性がある。Ⅰでは~iəmという語尾が共通。Ⅱでは~əgという語尾が共通。語頭だけはわずかに違うが、大半が似た音声である。異なった三つの意味領域を音の類似という関係で結びつける。これらの語の発見にも詩を作る者の喜びがあり、それを聞く者の耳にも快い響きを共鳴させる。これは時代を超えた作詩のテクニックであろう。
横の列(a・b・c)ではaは服飾に関係のある語。衿は衣の上部にあり、佩は衣と裳の間にある。bは精神・心理に関係のある語。心は心臓であり、精神の中枢、思いを奏でる所。思は心の具体的な働きである。cは人を行動に移すもの。音は言葉であり、嗣音は言葉をかけること。來は具体的に行動を起こすこと。言葉と行動を相手に要求する。
作者(女性)は恋人(男性)に思い焦がれて、まず服装を思い浮かべる。衣服モチーフは合体の願望を表現する。衿→佩の変換によって上から下に次第に視点を移動させ、全身を浮かび上がらせる。青色は若さ、精純をイメージさせる。1の詩行によって相手の人物像が浮かび上がる。
2の詩行では定型句を用い、相手に対する思いが続いて絶えないことを述べる。
3・4は相手が音信を寄越さない、会いに来ないことへのいらだちを述べる。
この感情が次の転調のスタンザで爆発する。女性の身をもって会いに行こうと行動を起こすのである。都城の闕(物見やぐらのある門)という人出の多い目につきやすい場所に敢えて出向き、相手を捜す。約束の有無にかかわらずひたすら大胆な行動をとるほど切羽詰まっている。最終詩行の3・4は王風・采葛篇からの引用である。「たった一日会わないことが、三日、いや三年に思われる」という詩句を引用することによって、しばしの別れに堪えがたい求愛というテーマが浮き彫りにされる。
〈語釈〉
〇青青・・・青々としたさま。青は「汚れがなく澄み切っている」というコアイメージをもつことば。
〇衿・・・衣服の、胸元を閉じ合わせる部分。
〇悠悠・・・空間的、時間的、心理的に長々と続くさま。心理的には物思いがいつまでも絶えない様子。Ⅱ―2の「悠悠我思」は詩経で常用される定型句で、「悠悠我心」はその異型。
〇縱・・・「たとえ~でも」の意味の接続詞。
〇往・・・忍んで行くといったニュアンスのある詩経の常套語。
〇子・・・相手を親しく呼ぶ称。「あなた」と訳す。
〇寧不・・・「なんぞ~ざる」と読み、反問を導く語。「どうして~しないのか」の意味。
〇嗣音・・・嗣は「つぐ」の意味。音をつぐとは、言葉やたよりを絶やさないこと。音は詩経では徳音のように、愛情のある優しい言葉、男性が女性に愛を示す言葉を意味する常套語である。
〇佩・・・男性が帯につける帯玉。帯玉の一つを女性に贈ることは男性の女性に対する意思表示である。本詩で衿の次に佩に視点を移すのは男性の言葉(愛情を示す言葉)への期待、願望である。
〇來・・・男性が女性の元へ愛情の行為を目当てとして来るといったニュアンスをもつ詩経の常套語。
〇挑兮達兮・・・挑達という語に兮(リズムを調節する間拍子)を割り込ませた句。挑達は双声語で、すり抜けるように行き来するさま、うろうろとあっちこっちに捜し回る様子。
〇城闕・・・物見台のある城門。
〇一日不見 如三月兮・・・王風・采葛篇にある詩句。それをそっくり引用することによって、テーマも移動させる。一種の本歌取りである。