采苓サイレイ篇―詩経国風・唐風

采苓采苓  苓レイを采り苓を采る      あまくさ摘む あまくさ摘む
首陽之巓  首陽の巓いただき         首陽の山のいただき
人之爲言 人の為せる言は        まことしやかな噂なんか
苟亦無信 苟いやしくも亦また信ずる無かれ  ゆめゆめ信じてはだめ
舍旃舍旃 旃これを舎け旃を舎け       いけない いけない
苟亦無然 苟くも亦然しかりとする無かれ  ゆめゆめ本気にしちゃだめ
人之爲言 人の為せる言は       まことしやかな噂なんか
胡得焉  胡なんぞ得んや          なんでもないから

采苦采苦  苦を采り苓を采る        のげし摘む のげし摘む
首陽之下  首陽の下              首陽の山のふもと
人之爲言 人の為せる言は          まことしやかな噂なんか
苟亦無與 苟いやしくも亦またくみする無かれ ゆめゆめ引っ掛かってはだめ
舍旃舍旃 旃これを舎け旃を舎け       いけない いけない
苟亦無然 苟くも亦然しかりとする無かれ  ゆめゆめ本気にしちゃだめ
人之爲言 人の為せる言は       まことしやかな噂なんか
胡得焉  胡なんぞ得んや          なんでもないから

采葑采葑  葑ホウを采り葑を采る        かぶら摘む かぶら摘む
首陽之東  首陽の東           首陽の山の東
人之爲言 人の為せる言は          まことしやかな噂なんか
苟亦無從 苟いやしくも亦また従ふ無かれ     ゆめゆめ信じてはだめ
舍旃舍旃 旃これを舎け旃を舎け         いけない いけない
苟亦無然 苟くも亦然しかりとする無かれ  ゆめゆめ本気にしちゃだめ
人之爲言 人の為せる言は       まことしやかな噂なんか
胡得焉  胡なんぞ得んや          なんでもないから

〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1采[a]采[a]
    2首陽之[b]
    3人之爲言
    4苟亦無[c]
    5舍旃舍旃
    6苟亦無然
    7人之爲言
    8胡得焉

 

    Ⅰ

    

    

    a

  苓   leng

  苦   k'ag

  葑   piung

    b

  巓   ten

  下   ɦăg

  東   tung

    c

  信   sien

  與   ɦiag

  從   dziung

(パラディグム表)

a・b・cの三か所でパラディグム(同系列語)を変換し、三回反復する形式。5~8は一字も変えないリフレーン部である。リフレーン部でも6は4を一字変えた反復、7は3の完全な反復になっている。
パラディグム表を見る。縦列(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。Ⅰでは苓が~engの語尾、巓と信が~enの語尾で違っている。しかし苓はレンの音(語尾が~en)に転じる場合があるので、違和感はない。通韻の範囲内である。
横列(a・b・c)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは植物の名。bは山の位置(空間)を示す語。上から下、中心から側面へ場所が移動する。cは人間の行為(心理や行動)に関わる語。信は事実と見なすこと、與は一緒に行動すること、從は相手に付き従うこと。
冒頭に摘草モチーフを置く。これは恋愛の場の設定をする働きがある。恋人たちは楽しげに草摘みをしているように見えるが、次の詩行で一転して、人の噂を恐怖する心理が描かれている。噂を信ずるなと恋人に執拗に懇願している。秘密めいた恋である。

〈語釈〉
〇苓・・・草の名。Glycyrrhiza uralensis。マメ科カンゾウ属の多年草、ウラルカンゾウ。茎は直立する。根茎は円柱状で地中深くのびる。根が甘いので甘草の名がある。
〇采苓・・・采葛などと同様、草摘みモチーフとして定型的な表現。恋愛の雰囲気や場を造形する。
〇首陽・・・山西省にある山の名。唐風は山西省で採集された歌謡である。
〇人之爲言・・・他人がわざと言い触らす言葉、噂。爲は作為を加えて元の姿や性質を変えるというイメージがあり、その極端な場合は偽(いつわり、うそ)となる。詩経ではほかに「人之多言」「民之訛言」などがある。噂の怖さを言い表す常套語である。
〇苟・・・「いやしくも」と読む。かりそめにも、万が一にも。
〇舍旃・・・舎は捨ておく意味。旃はリズムを調節する詞だが、「これ」と読む。
〇然・・・しかりとする。本当だと思う。
〇胡得焉・・・反問文で、「なんぞ得んや」と読む。どうして当たっていようか。焉はリズムを調節する詞。
〇苦・・・草の名。Sonchus oleraceus。キク科ノゲシ属の一・二年草。ノゲシ。茎は中空。茎や葉を切ると白い汁が出、味が苦い。
〇與・・・「くみす」と読む。一緒になる。味方する。加担する。
〇葑・・・草の名。Brassica campestris var.glabra。アブラナ科アブラナ属の二年草。カブ。カブラ。茎は直立する。塊根は球形または長楕円形で食用。
〇從・・・相手の言うがままになる。