東門之池篇―詩経国風・陳風
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚麻 麻を漚ひたすべし けっこうアサを浸せる
彼美淑姬 彼かの美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤歌 与ともに晤歌ゴカすべし 一緒に歌を歌える
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚紵 紵チョを漚ひたすべし けっこうマオを浸せる
彼美淑姬 彼の美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤語 与ともに晤語ゴゴすべし 一緒に話しかけられる
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚菅 菅カンを漚ひたすべし けっこうカヤを浸せる
彼美淑姬 彼の美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤言 与ともに晤言ゴゲンすべし 一緒におしゃべりできる
〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1東門之池
2可以漚[a]
3彼美淑姬
4可與晤[b]
(パラディグム表)
偶数詩行の二か所でパラディグムを変換し、三つのスタンザを反復する形式。奇数詩行は一字も換えない反復(リフレーン)である。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。全く性質の異なる(意味領域の異なる)二つの物事を音の類似だけで結びつける。
横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは植物の名。bは口から音を出す行為。意味上の類似性をもつパラディグムの展開は、場面を切り換え、同じような場面でありながらその内容が少しずつ変化し、漸層法的な効果を生み出す。
前半の二詩行(1・2)と後半の二詩行(3・4)は一見無関係に見える。植物を漬けるという行為(労働)と、ある女性を思うこととは何の関係があるのか。詩経では自然界の現象と人間界の事象を平行させてその間に何らかの意味を見出すという表現上の手法がある。これを伝統的用語では「興」という。興趣、おもしろみの発見が詩の動機になることが多い。もっとも本詩では植物を漬ける作業は人間的な領域であって自然界に属さない。しかし植物の名を使うということに意味がある。これは自然と人間の接点、中間領域(自然と人間の双方に関わる領域)である。
麻と紵は衣類を作る原料となる植物であり、菅は草履を作る原料となる植物である。いずれも人間が身につけるものである。これらの植物を池の水に漬ける行為は衣類や履物を作ることを予想させる。できあがった衣類を身につけることは異性への思い、異性との合体の願望につながるのである。このように1・2は3・4に対して象徴的意味をもつ表現である。
3・4では高貴の美しいと一緒に歌を歌いたいという願望から、思い切って言葉をかけて、喋々喃々とまではいかないが、おしゃべりをしたいという願望を述べる。憧れの女性に対して一方的にひそやかな思慕をすることがテーマの詩である。
〈語釈〉
〇東門・・・都城の東の門。東門は祭りの行われた場所で、恋遊びの場、歌垣的な場を暗示する常套語として用いられた。
〇可以・・・「以て~すべし」とはその条件があるならできるというニュアンスをもつ可能表現。
〇漚・・・「ひたす」と読む。柔らかくするため長く水中につける意味。
〇麻・・・Cannabis sativa。アサ科の一年草。アサ。大麻。中央アジアの原産で、詩経の時代には食料のほか衣料に利用された。
〇彼美淑姬・・・「彼美孟姜」と似た定型句。姫は高貴の娘。
〇晤歌・・・晤は面と向き合う。
〇紵・・・Boehmeria nivea。イラクサ科の多年草。チョマ。ナンバンカラムシ。皮の繊維で織物や魚網などを作る。
〇菅・・・Themeda villosa。イネ科メガルカヤ属の多年草、メガルカヤの一種。茎は太く叢生し、高さが三メートルほどになる。茎をひたして縄や草履を作る。「すげ」は国訓。
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚麻 麻を漚ひたすべし けっこうアサを浸せる
彼美淑姬 彼かの美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤歌 与ともに晤歌ゴカすべし 一緒に歌を歌える
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚紵 紵チョを漚ひたすべし けっこうマオを浸せる
彼美淑姬 彼の美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤語 与ともに晤語ゴゴすべし 一緒に話しかけられる
東門之池 東門の池 東の門の池なら
可以漚菅 菅カンを漚ひたすべし けっこうカヤを浸せる
彼美淑姬 彼の美なる淑姫 あのしとやかな娘なら
可與晤言 与ともに晤言ゴゲンすべし 一緒におしゃべりできる
〈形式分析〉
Ⅰ~Ⅲ 1東門之池
2可以漚[a]
3彼美淑姬
4可與晤[b]
|
Ⅰ |
Ⅱ |
Ⅲ |
a |
麻 măr |
紵 diag |
菅 kăn |
b |
歌 kar |
語 ngiag |
言 ngiăn |
偶数詩行の二か所でパラディグムを変換し、三つのスタンザを反復する形式。奇数詩行は一字も換えない反復(リフレーン)である。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)はそれぞれ音声上の類似性をもつパラディグム。全く性質の異なる(意味領域の異なる)二つの物事を音の類似だけで結びつける。
横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性をもつパラディグム。aは植物の名。bは口から音を出す行為。意味上の類似性をもつパラディグムの展開は、場面を切り換え、同じような場面でありながらその内容が少しずつ変化し、漸層法的な効果を生み出す。
前半の二詩行(1・2)と後半の二詩行(3・4)は一見無関係に見える。植物を漬けるという行為(労働)と、ある女性を思うこととは何の関係があるのか。詩経では自然界の現象と人間界の事象を平行させてその間に何らかの意味を見出すという表現上の手法がある。これを伝統的用語では「興」という。興趣、おもしろみの発見が詩の動機になることが多い。もっとも本詩では植物を漬ける作業は人間的な領域であって自然界に属さない。しかし植物の名を使うということに意味がある。これは自然と人間の接点、中間領域(自然と人間の双方に関わる領域)である。
麻と紵は衣類を作る原料となる植物であり、菅は草履を作る原料となる植物である。いずれも人間が身につけるものである。これらの植物を池の水に漬ける行為は衣類や履物を作ることを予想させる。できあがった衣類を身につけることは異性への思い、異性との合体の願望につながるのである。このように1・2は3・4に対して象徴的意味をもつ表現である。
3・4では高貴の美しいと一緒に歌を歌いたいという願望から、思い切って言葉をかけて、喋々喃々とまではいかないが、おしゃべりをしたいという願望を述べる。憧れの女性に対して一方的にひそやかな思慕をすることがテーマの詩である。
〈語釈〉
〇東門・・・都城の東の門。東門は祭りの行われた場所で、恋遊びの場、歌垣的な場を暗示する常套語として用いられた。
〇可以・・・「以て~すべし」とはその条件があるならできるというニュアンスをもつ可能表現。
〇漚・・・「ひたす」と読む。柔らかくするため長く水中につける意味。
〇麻・・・Cannabis sativa。アサ科の一年草。アサ。大麻。中央アジアの原産で、詩経の時代には食料のほか衣料に利用された。
〇彼美淑姬・・・「彼美孟姜」と似た定型句。姫は高貴の娘。
〇晤歌・・・晤は面と向き合う。
〇紵・・・Boehmeria nivea。イラクサ科の多年草。チョマ。ナンバンカラムシ。皮の繊維で織物や魚網などを作る。
〇菅・・・Themeda villosa。イネ科メガルカヤ属の多年草、メガルカヤの一種。茎は太く叢生し、高さが三メートルほどになる。茎をひたして縄や草履を作る。「すげ」は国訓。
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