東門之楊篇―詩経国風・陳風

東門之楊  東門の楊        東の門のやなぎの木
其葉牂牂  其の葉牂牂ソウソウたり    葉は美しく生い茂る
昏以爲期  昏を以て期と為す   日暮れに会うと契ったに
明星煌煌  明星ミョウジョウ煌煌たり  いま明星は光り出す

東門之楊  東門の楊        東の門のやなぎの木
其葉肺肺  其の葉肺肺ハイハイたり   葉はこんもりと生い茂る
昏以爲期  昏を以て期と為す   日暮れに会うと契ったに
明星晢晢  明星晢晢セイセイたり     いま明星はくっきり光る

〈形式分析〉
Ⅰ・Ⅱ 1東門之楊
     2其葉[  a ]
     3昏以爲期
     4明星[  b ]  

 

    Ⅰ

    

    a

  牂牂  tsang

  肺肺  p'iuăd

    b

  煌煌  ɦuang

  晢晢  tiad

 (パラディグム表)

偶数詩行のaとbの二箇所だけパラディグムを変換し、二つのスタンザを反復する形式。奇数詩行は一字も換えないリフレーンである。
縦の列(Ⅰ・Ⅱ)はそれぞれ音声上の類似性によるパラディグム。横の列(a・b)はそれぞれ意味上の類似性によるパラディグム。これら四つの語は同じ音節の繰り返しによる擬態語である。
非常に単純な詩形であり、変換される語も単純であるが、これらの語の排列に工夫が凝らされている。 
aの列は樹木の形を形容しているが、牂牂は茂った葉が美しいありさまである。肺肺は葉がこんもりと覆った様子を形容している。こんもりと茂った木の下は暗くなる。樹木が美しく見える状況から、樹木に陰翳が生じてくることへの変換は時間の経過を暗示している。
bの列は明星の光の形容である。煌煌は光が発散する様子である。晢晢は物のけじめがわかるようにすっきりと明るくなるありさまである。この語の変換にも時間の経過がはっきりと暗示されている。
木と星の情景を描くことによって、時間の経過を暗示させる表現手法は映画や絵画を思わせる。恋人を待つ人の心理、恋人が現れるのをひたすら待ちわびる気持ちが読者に伝わってくる。

〈語釈〉
〇東門・・・東側の城門。ここは祭りなどの催される晴れの場所である。 詩経では歌垣的な遊び空間でもあった。
〇楊・・・ヤナギの一種であるが、Salix(ヤナギ属)に対してPopulus(ヤマナラシ属)の総称である。特にSalix albaを指す。今の白楊。和名はギンドロ、別名ウラジロハコヤナギ。
〇牂牂・・・葉が美しく生い茂るさま。
〇昏・・・黄昏。たそがれ。
〇期・・・時と場所を決めること、つまりデートの約束。
〇明星・・・金星。ここでは宵の明星。
〇肺肺・・・肺は芾ハイ(草木がこんもりと茂るさま)と近い。沛ハイ(水が勢いよく広がるさま)とも同源で、勢いよくこんもりと盛り上がった状態を肺肺と形容している。
〇晢晢・・・折・誓・哲には「二つにきっぱりと分ける」というコアイメージがある。あいまいさがなくきっぱりと見分けられるほど明るくなる状態を晢晢という。